最新.6-4『Dust to Dust』
時系列は少し戻る――。
正体不明の作業服と白衣の人物に導かれ、現実とは異なる不気味な空間を、隊員Dは歩み進む。
突如姿を現した作業服と白衣姿の謎の人物、そして現実とは明らかに異なる空間。不可解な事象の連続に、本来ならば驚愕、そして困惑すべき所だろう。
しかし今の隊員Dにとっては細事でしかなかった。
この先に憎き仇敵があり、これはそれを屠るべく与えられた道であること。隊員Dには不思議とそれが理解でき、そして今の隊員Dにはそれだけで十分だった。
やがて不気味な空間は薄れ、隊員Dの体を現実へと降り立たせる。
そこは、今まさに惨劇が巻き起こる、傭兵達が形成する包囲のど真ん中だった。
そして隊員Dの視線のすぐ先にあったのは、薄気味悪い笑い声を漏らしながら、壮年傭兵の体に腰かけ、裸に剥いた剣狼少年を犬のように虐げ弄ぶ剣狼魔女の姿。
隊員Dはそんな剣狼魔女に背後から接近し真横まで踏み込む。そして腕を伸ばし、一切の躊躇なく拳骨による最初の一撃を叩き込んだ。
剣狼魔女「ブギェッ――!?」
剣狼魔女の頬を中心とした横面に、拳の尖らせた人差し指と中指の関節がめり込む。そして剣狼魔女は先ほどまでの優雅な姿から一転、微笑を浮かべていた顔を、眼球を剥き出し舌突き出した不細工な面に変えて、面白いほど綺麗に、そして無様に吹っ飛んだ。
剣魔A「は――?ろ、剣狼魔女嬢――」
殴り飛ばされた剣狼魔女に真っ先に気が付いたのは、彼女の尻の下に居た壮年傭兵だった。聞こえたの悲鳴と違和感が、主である剣狼魔女の身に何かあった事を壮年傭兵に察知させる。
剣魔A「ごびぇぉッ!?」
しかし壮年傭兵が何か動きを起こすことは叶わなかった。隊員Dの脚が壮年傭兵の頭を踏みつけ、壮年傭兵の顔と体を湿った地面に叩き付けて沈めたからだ。
剣狼少年「へ……?――ぶぐぅッ!?」
弄ばれ被虐快楽の虜になっていた剣狼少年は、事態に気付くことすらままならなかった。そして気付けば、隊員Dの放ったヤクザ蹴りが顔面に入り、剣狼少年はもんどり打ち地面に投げ出された。
剣狼魔女達を殴り飛ばし蹴散らした隊員Dは、前方の光景を目に留める。そこでは隊員Nを女達と触手が囲み、今まさに隊員Nをその手に掛けようとする直前だった。それを確認し、一歩踏み出した隊員Dの身に、その時またも不思議な現象が後押しした。
一歩を踏み出した瞬間に隊員Dの周囲の景色が歪み、気付けばその直後には、隊員Dは女達の――すなわち剣魔Fや剣狼暴女の真横まで踏み込でいたのだ。
今のこの場にその現象をしっかりと確認できた者はいなかったが、今の事象を端から観測できていれば、隊員Dが数歩分の距離を瞬間移動したように見えていただろう。そして女達の位置まで踏み込んだ隊員Dは、おもむろに剣魔Fに向けて拳骨を放った。
剣魔F「ブェッ――!?」
先の剣狼魔女同様、顔面を不細工に変えて剣魔Fは吹き飛ぶ。隊員Dは放った拳を引き戻すと、間髪入れずに反対側の剣狼暴女の鼻っ面に叩き込んだ。
剣狼暴女「ごげぇ――!?」
剣狼魔女や剣魔Fと変わらず、その顔を不細工に変形させて剣狼暴女が悲鳴を上げる。
剣魔E「ふぅ!?ふぁ、ふ――ごびょッ!?」
そして両脇の女達が地面に放り出される姿を、それぞれ一瞥で確認した隊員Dは、足元で拘束されて悶えていた少年を、片手間に踏みつぶした。
隊員Dを中心に、主要な傭兵達の殴り飛ばされ、踏みつぶされた姿が散らばる。
その一瞬の間に起こった超常的な事態に、今だ唖然としたまま動くことのできない傭兵達。そんな傭兵達には目も留めず、隊員Dは地面に横たわる隊員Nの前へと立った。
隊員N「ッ……ぁ……」
巻き起こった事態に驚いていたのは、隊員Nも同等であった。
しかし隊員Nはここまでの事象を全てを目視はできておらず、突然現れた隊員らしき人物が、自分を手に掛けようとしていた女達に拳を見舞った姿だけを、その目で確認していた。
隊員N「隊員D一士、か……?逃げ、るんだ……ッ」
歩み寄って来た人物が同中隊の隊員Dである事をそこで初めて確認し、そして隊員Dが単騎で敵中に侵入してきたことを察した隊員Nは、満身創痍の体から警告の言葉を絞り出す。
隊員D「隊員N三曹、少しだけ堪えて下さい―――今、終わらせます」
しかし隊員Dは隊員Nに向けて、静かな声でそう伝える。
その隊員Dの身に、全方向からの殺気が襲ったのはその次の瞬間だった。
剣狼魔女「コイツ……!」
剣魔F「………」
剣狼暴女「フ、フフ……」
隊員Dがゆっくり振り返ると、目に映ったのは剣狼魔女や剣魔F、剣狼暴女達、三人の女の姿。
彼女達は皆、女とは言えいくつもの戦いを潜り抜けて来た、歴戦の傭兵であり剣狼隊の精鋭。ましてや剣狼魔女は人間の能力を遥かに凌ぐ魔女。一撃で戦闘不能に追い込むには至らなかったらしく、この僅かな時間の内に立ち直って来た。
しかし奇襲の一撃は、彼女らのプライドを足蹴にし、激昂させるには十分過ぎた。剣狼魔女が出現させた無数の鉱石針が宙空で並び、隊員D等を包囲している。そして剣魔Fや剣狼暴女達の手中ではそれぞれの得物が光る。
何より三人の女の顔には、見れば鬼すら逃げ出す程の怒りの表情が作られていた。
剣狼艶女「ふ~ん、女の子に酷い事をする悪い子がまだいるんだぁ」
さらに、剣狼魔女とは対面方向に居て無事であった剣狼艶女からも言葉が飛ぶ。いつものように緊張感の無い声色と笑顔だが、その目は笑っておらず、剣狼魔女等と同様に殺気が宿っていた。
剣狼魔女「剣狼艶女、手出しはしないで……他の皆もよ……こいつは、私達だけでやるわ――」
剣狼魔女は平静を装った口調でそんな言葉を発したが、彼女の怒りの感情は、風が肌を撫でただけで爆発するほどの域にあった。
剣魔G(あああ……あいつなんてことを……)
隊長格や精鋭の女達のその殺気に満ちた姿に、怯えていたのは周囲を囲う傭兵達だった。傭兵達は彼女達のオーラに言葉すら発せられずに、敵に向けられているはずのその殺気に恐怖と絶望を感じ、身を震え上がらせた。
剣魔Fと剣狼暴女は得物でるナイフや鞭を手中で小さく鳴らし、剣狼魔女は鉱石針を操る腕を翳す。
それが襲撃者への死刑宣告だった。
瞬間、剣魔Fと剣狼魔女は目にも止まらぬ速さで隊員Dに向けて飛び出し、剣狼魔女は無数の鉱石針を憎き敵に向けて突進させ、そして自身は空高く飛び立った。
隊員Dの周辺へいくつもの鉱石が叩き付けられ、土煙と衝突により破片となった鉱石が舞う。その中へ突貫するのは、侍女の剣魔Fと暴虐女の剣狼暴女。二人は晴れた土煙の中に、立ち構える隊員Dの姿を確認する。鉱石針の攻撃による成果は不明だが、どうあれ二人に手心を加える気などあるはずは無かった。
剣魔Fは無数の小さなナイフを両手の指に挟み、剣狼暴女は愛用の大振りのナイフを手にし、凄まじい跳躍で速度に乗った二人の体は、隊員Dへと急接近。そして剣魔Fはこの世にこれ以上ない程冷酷な表情で、剣狼暴女は目を見開いて口許を裂けんがまでに釣り上げた、恐ろしく加虐的な笑みを浮かべて、勢いのままそれぞれの得物の切っ先を隊員Dに向けて薙ぎ、もしくは振り下ろす――
しかし、二人の得物は虚しく空を切った。
剣魔F「――!?」
剣狼暴女「なッ!?」
その目に捉え、その場にいたはずの標的――すなわち隊員Dの姿が、得物が切り裂く直前に一切の予兆も見せずに二人の前から消えた。
驚愕の事態に目を見開く剣魔Fと剣狼暴女。その時、剣狼暴女の真横からジャキッ、という金属音が聞こえる。
剣狼暴女「――ぶぎょぇッ!?」
そして直後、剣狼暴女の顔面を先の拳骨以上の衝撃と鈍痛が襲った。
不思議な事に、隊員Dの姿は剣狼暴女の真横にあった。その腕は剣狼暴女に向けて伸ばされ、その手に握られていた警棒が、剣狼暴女の顔面にめり込んでいた。どうやったかは不明だが、二人の攻撃を回避した隊員Dは、そこから四段式の伸縮式警棒を展開させ、それを剣狼暴女の顔面に叩き込んだのだ。
剣魔F「愚かな真似はそこまでです――」
その隊員Dの背後、宙空に浮かぶ剣魔Fの姿があった。
彼女は隊員Dの意識が剣狼暴女に向いた瞬間を見逃さなかった。その隙を突いて隊員Dの背後へと飛び、そして今、隊員Dの頭部目がけて鋭い蹴りを放つ。
剣魔F「――な!?」
しかし彼女の攻撃は、またも空を切った。
驚くべきことに、隊員Dが見せたのはただの回避ではなかった。まるで瞬間移動でもするかのように隊員Dの立ち位置は変わり、剣魔Fの攻撃を虚しく空振りに終わらせたのだ。そして蹴りが空を切った直後、剣魔Fは纏う服の後ろ腰の部分に違和感を感じ取る。瞬間、彼女の視界が思いっきり揺れ、そして彼女の頭部をまたも衝撃と鈍痛が襲った。
剣魔F「ギィッ!?」
剣狼暴女「ごがッ!?」
悲鳴は二人分上がった。剣魔Fと、剣狼暴女の悲鳴だ。剣魔Fは中空で隊員Dに服を掴まれてぶん回され、その先で痛みに悶えていた剣狼暴女と頭同士を思い切りぶつけたのだ。隊員Dはそのまま剣魔Fを離し、二人は勢いのまま飛ばされ地面に叩き付けられた。
剣魔H「……は!き、貴様ぁ!」
二人が無残に叩き付けられたタイミングで、状況を見守るしかなかった傭兵達がようやく動き出した。
剣狼魔女から手を出すなと釘を刺されてはいた傭兵達だが、精鋭たる剣魔Fと剣狼暴女がことごとこ翻弄されている異常事態を前に、彼らもさすがにじっとしては居られなかった。
剣魔I「剣狼魔女様や剣魔Fさんによくもッ!」
剣取A「よくも剣狼暴女さんにッ!」
剣魔J「調子に乗るなぁ!」
傭兵達はそれぞれ、敬愛する女達の名を叫びながら跳躍、あるいは地上を駆けて突貫。隊員Dに向けて殺到する。
剣魔H「コイツ――ぎぇぁッ!?」
そして一番先頭を切り襲い掛かって来た傭兵は、最初の犠牲者となった。
隊員Dは切りかかって来た傭兵を一歩移動して回避すると、警棒とはまた別に持った鉈を掲げ、その刃で傭兵の首を掻き切った。
その背後から別の大柄の傭兵が、その前身で覆うように襲い掛かって来る。が、隊員Dの振り上げた警棒が傭兵の両目を打つ。傭兵は「ぎゃ」と悲鳴を上げ、両目を抑えてのけ反った。隊員Dはもんどり打つ傭兵の体に飛び蹴りを掛ける。いや違う、傭兵の体を壁代わりに蹴り、体を反転跳躍させた。
剣魔I「な、うわ――!?」
そして真横から隊員Dを狙い切り掛かろうとしていた傭兵が、目標を失い体勢を崩した。跳躍し中空にあった隊員Dは、体勢を崩した傭兵の上を取る形となる。
剣魔I「ぎぇッ!?」
そして傭兵の後頭部に鉈を叩き落とし、傭兵は悲鳴を上げると同時に崩れ落ちた。
隊員Dは傭兵に刺さった鉈から一度手を離し、着地すると同時に小銃を繰り出す。そして信じられない事に隊員Dは片手だけで小銃を構えると、先の警棒に視力を奪われ、悶えていた傭兵の額に5.56㎜弾を撃ち込んだ。
剣魔J「びゃッ!」
悶えていた巨体の傭兵は、抵抗もできないまま額から血を噴き出して、亡骸となったその体を地面に沈めた。
剣取A「このぉ!」
剣取B「調子に乗るんじゃないよ!」
そこへ二人の女傭兵が剣を振りかぶり、襲い掛かって来る。剣狼暴女の取り巻きの女傭兵達だった。
前に出ていた一人目の剣撃を、身体をずらして回避する隊員D。しかし回避したその先で、待ってましたと言わんばかりに、もう一人の女傭兵が切りかかって来た。
剣取A「あは!掛かっ――ごぶぅッ!?」
策がうまく運んだと思い、高らかな声と共に剣を振り降ろそうとした女傭兵。だが、その声は途中で悲鳴に変わった。見れば女傭兵は、隊員Dが片手で突き出したショットガンの、その先端にワイヤーで強引に巻き付け装着された銃剣に、腹部を刺されて中空で串刺しになっていた。
剣取B「な!こ……こいつッ!」
その光景に、激昂したもう一人の女傭兵が再び切りかかって来る。
しかし隊員Dはその攻撃を、片手の先にぶら下がっている女傭兵を支えたまま、体を反らして回避してみせる。そして攻撃を回避され浮足立った女傭兵の頭に、警棒を叩き込んだ。
剣取B「ぎぇぉッ!」
横頭部に入った凄まじい打撃は、頭骨を割り女傭兵の脳を損傷。眼を剥き出し、潰れた顔面から血を撒き散らしながら、取り巻きの女傭兵は崩れ落ちた。
隊員Dは小銃を支えていた方の腕の屈伸運動で動かし、銃の先で串刺しになっていた女傭兵の体を放り投げるようにして、女傭兵の体から銃剣を抜いた。
そして先の傭兵の頭に刺さったままの鉈を、引っこ抜き回収する。それら装備が使用に問題無い事を確認すると、視線を起こす隊員D。視線の先に、隊員Dに向けて殺到するさらなる犠牲者たちの姿が見えた。
隊員D(敵――いや、周り動きが遅い)
隊員Dは不思議な感覚を覚えていた。
傭兵達の動きが、いや、周囲の全てのものの動きが、時折酷く緩慢になる時があった。まるで世界がスローモーションをかけられたようになり、その中で自身だけが普通に動いているような感覚。
しかし、隊員Dがそれを気に留めたのはほんの数秒だった。隊員Dにとって今気にすべきこと、成すべきことはただ敵の排除のみ。それに寄与するならば、今の事態、現象がなんであれ構わなかった。
不気味な空間で戦闘の様子を見ていた作業服と白衣の人物は、高らかな声を上げる。
作業服と白衣の人物「――素敵だ、あなたのような人は大好きだ――!その身を機動させ、あらゆる力を展開し、仇敵を翻弄し、全てを滅ぼすんだ。そうさ――!あなたにはその権利があるッ!!」
剣狼魔女「なんなのよ――一体何なのよ……!」
上空に身を置き、眼下を眺める剣狼魔女の姿がある。しかし彼女に、これまでのような優美な姿勢は無く、その顔には焦りと苛立ちが浮かび上がっていた。
剣狼魔女は何も、配下の傭兵達が隊員Dに挑み蹴散らされていく様子を、ただ眺めているわけではない。彼女は先程から眼下の敵に対して、自分が習得している限りのあらゆる魔法の詠唱発現を試みていた。
しかし、いかなる術の詠唱を試みようとも、眼下の敵に有効打を与える事は叶わず、それどころか不可解な事に、術その物の発現すらままならない事すらあった。
剣狼魔女「ッ、いいわ――術が通用しなくても、直接この手で仕留めてやる……!」
やがて痺れを切らした剣狼魔女は、自らの乗る触手を操り、憎き敵に向けて降下した。
剣魔K「なんなんだコイツ!くそ――」
隊員Dを取り巻き、包囲する傭兵達。しかし彼らは皆たじろぎ、浮足立っていた。周囲には傭兵達の死体が散乱している。
突然現れた脅威的な存在に、攻めあぐねていた傭兵達だが、その時、彼らは背後からの別殺気を感じ取った。
剣魔K「ロ、剣狼魔女様……!」
傭兵達が振り向くと、触手に立つ剣狼魔女の姿がそこにあった。剣狼魔女は一度下がらせていた触手を呼び寄せて伴わせ、無数の触手を周囲に従わせている。
剣狼魔女「邪魔よ」
その殺気の含まれた一言で意図を察し、傭兵達は逃げるように引き、場を空ける。
剣狼魔女は腕を前方に掲げる。それを合図に、剣狼魔女の周りにいた無数の触手達が、一斉に飛び出した
先頭を切る触手が隊員Dへその身を飛び掛からせる。しかし、隊員Dは半歩体を捻るだけで、それを回避。触手は明後日の方向へ飛び、地面にその身を突っ込んだ。回避した所を狙い、次の触手が、さらに次の触手が隊員Dへと立て続けに襲い掛かる。しかし隊員Dはそのいずれもを、身を少し捻る、半歩動く等の最低限の、そしてどこか緩やかな動作で回避して見せた。
剣狼魔女「ちょろちょろと……!」
剣狼魔女は苛立ちながらも命令を送り、さらに触手をけしかける。四方から何匹もの触手がその身で隊員Dへ突貫するが、しかし隊員Dは同様の動きでそれを避け、触手達はその攻撃をことごとく回避される。
隊員Dの落ち着いたその動きは、まるで触手達を翻弄する舞の用ですらあった。
剣狼魔女「ッ――小賢しい……いいわ、それなら――!」
零しながら、剣狼魔女は自身の乗る触手に命令を送る。命令を受けた触手は、剣狼魔女を乗せたまま勢いよく飛び出した。
彼女は敵の懐へ突貫し、その手で直接始末を付ける腹積もりだ。しかし――
剣狼魔女「ッ!――キャァッ!?」
次の瞬間、彼女の乗る触手は突如その頭を落とし、敵中に達する前に地面に激突した。
予期せぬ事態と衝撃に、剣狼魔女は触手から振り落とされ地面に投げ出された。
剣狼魔女「痛……何をしてるのよ!敵は――」
投げ出された土ぼこりに塗れた剣狼魔女は、苦し気に起き上がりながら、触手に対して叱責の声を上げかける。しかしそこで彼女は、目に映った光景から異常に気が付いた。
触手達の様子がおかしい。
隊員Dを襲っている触手達の動きは鈍く、周囲を包囲している触手達も何か苦し気だ。
慌てて指先を動かし、触手達への命令を飛ばす。
しかし対応はすでに遅かった。命令に対する触手達の反応は鈍く、そして異常は加速度的に進行を始めた。触手達はついに剣狼魔女の命令をまるで受け付けなくなり、それぞれが統率も連携も何もない、勝手な行動を始める。
そしてついには、触手達は暴走を始めた。
剣魔K「うわぁッ!」
剣魔L「ぎゃぁッ!」
触手達は見境をなくし、うち何体かは明後日のほうこうへ飛び出し、あろう事か味方であるはずの傭兵達を襲いだした。突然の触手達からの攻撃に傭兵達の反応は遅れ、彼らは暴走する触手に叩き飛ばされ、潰されてゆく。
剣狼魔女「嘘でしょ……どうなってるの……!?」
剣魔A「剣狼魔女嬢!」
驚愕する剣狼魔女の元へ、壮年傭兵が駆け寄って来た。壮年傭兵は己の身を挺して、暴走する触手から剣狼魔女を庇おうとする。
剣魔A「ぐぁッ!?」
しかし壮年傭兵はあっけなく暴走触手の餌食となり、その身を触手の巨体で打ち飛ばされてしまった。
剣狼魔女「ッ――やめなさい!止まれ……ッ!止まって――!」
最早懇願にも近い叫び声で、触手に停止の命令を送る剣狼魔女。しかしその必死の行動も空しく、触手達の暴走が収まる様子は無かった。
剣狼魔女「ッ――」
剣狼魔女は先に居る敵を睨む。
異常事態の原因が、憎き敵にあることは十中八九間違いない。
その敵たる隊員Dは暴走に、時折飛んでくる触手を片手間に避けつつ、読めない表情で状況を眺めている。
暴走していた触手達は、やがて勢いを失い、次々とその体を地面に横たえ出し、そして苦し気に悶え始める。先ほどまでの触手達は、何らかの未知の影響により、苦しみ、のたうち回っていたのだ。
剣狼魔女「な―――」
そして次に迎えた光景に、剣狼魔女は絶句した。
驚くべきことに触手達は、隊員Dの周囲に弱々しい動きで集まり出した。虫の息の触手達は隊員Dを中心に集まると、次々と隊員Dに向けて満身創痍の体でその頭をもたげ出す。まるで隊員Dに、許しと助けを乞わんとするように。
触手達は本能で、自分達を苦しめている原因が隊員Dである事、そして何よりこの場を支配する強者が隊員Dとなった事を本能で理解し、剣狼魔女の支配下を離れて隊員Dも元へと下ろうとしているのだ。
一方の当の隊員D当人は、自分に集う触手達を大して興味も無さげに見下ろしている。
剣狼魔女「―――!」
そんな隊員Dの目と鼻の先に、人影が飛び込んで来たのはその瞬間だった。
それは眼を血走らせ、怒りを剥き出しにした剣狼魔女だ。ここまでコケにされた挙句、使役する触手達を奪われた彼女は、怒りと悔しさで激昂していた。
そんな彼女の手には一本鞭が握られている。それは、普段剣狼少年を甚振る時に使う乗馬鞭とは違う、彼女が戦闘や敵を捕縛する際に用いる物であった。
彼女は怒りに任せて隊員Dに向けて思い切り鞭を振るい放つ。
しかし隊員Dは、半身をずらして鞭を容易に回避して見せる。そしてそのタイミングで、隊員Dは足元に刺さっていた一本の鉱石柱を素早く拾い上げると、それを目先を空振り通り抜けて行く鞭に当てて、絡めてやった。すると鞭の前半部分はそこを基点に大きく軌道を変える。
剣狼魔女「え――あびぇッ!?」
軌道が変わった事により鞭の先端は見事に剣狼魔女へと戻り、主であるはずの彼女を気持ち良いまでの音と衝撃で打ち付ける。攻撃中であり、がら空きであった身体を打ち付けられた彼女は、勢いを諸に受けて明後日の方向に打ち飛ばされていった。
追撃をかけるべく歩み出そうとする隊員Dだが、そんな彼を狙う別の気配が背後に迫っていた。
剣狼艶女「あらあら、これは……」
ここまで戦いの様子を見守っていた剣狼艶女が、ここで初めて言葉を漏らす。
剣狼艶女「手を出すなって言われたけどぉ……そういう訳にもいかなくなってきたわねぇ」
口調こそ普段と変わらぬ緊張感の無い物だが、その表情は面白くなさそうであった。
腰掛にしていた男傭兵達から腰を上げると、剣狼艶女は新たに香を炊き、それを少しだけ吹いている生暖かい風に乗せる。
剣艶傭兵達「「「あ、ひぃぃ……」」」
零れて周りにも流れた香の香りが作用し、剣狼艶女に下で虐げられていた男傭兵達がまたも嬌声を上げる。
剣艶女D「剣狼艶女さん。あたし達も行きますかぁ?」
剣艶女E「こっちの男共は役に立たないもんねー。それに調子に乗ってる男は、身の程を分からせなきゃ」
女傭兵達はそんな男傭兵達を嘲笑い甚振りながら、そんな言葉を上げる。
剣狼艶女「うふふ、ありがとう。でも大丈夫よぉ、皆はこの子達をイジメててあげて」
剣狼艶女は虐げられている男傭兵達を視線で示しながら、そんな台詞を返す。
剣狼艶女「剣狼魔女ちゃんに酷い事をした悪い子だしぃ、この手できっちり躾けておきたいの」
剣艶女D「うわっ、こわーい」
剣艶女E「あいつ調子に乗り過ぎたねー。剣狼艶女さんを怒らせちゃったわ」
剣艶女F「どこまで悲惨な目に遭わされるのか楽しみっ」
女傭兵達は文字道理尻に敷いている男傭兵達を甚振りながら、笑い合う。
そんな女傭兵達に剣狼艶女も「クスクス」と笑いを返すと、篭絡し甚振るべき敵の姿へ、視線を向ける。
そしてその身を跳躍させた。
剣狼艶女(ちょっとおいたが過ぎたわねぇ。お仕置きに、とびっきり無様な姿にしてあげる――)
香の効果と、背徳的な魅力を醸す剣狼艶女の姿や振る舞いを利用した篭絡の技は、屈強な戦士ですら抗う事を許さず、尊厳も何もかも全部奪い、彼女の忠実な僕としてきた。
今回もそれを信じて疑わず、剣狼艶女はその妖しい瞳の中に、敵の姿を捉える。敵の動く様子は見られず、剣狼艶女は香の効力を確信する。
そして香の香りを振りまきながら、優雅に背後に着地。
剣狼艶女(さぁ、悪い子は――)
耳元で篭絡のための言葉を囁くべく、その艶やかで豊満な体を密着させようとした。
ザグッ、と――
剣狼艶女が体を密着させる前に、鈍い音が彼女の耳に届いた。
そして同時に、剣狼艶女は自身の胸元に違和感を覚える。胸元が奇妙に軽く、そして冷たさを感じる。
剣狼艶女「―――え?」
彼女が視線を落とすと、彼女の自慢の豊満な二つの乳房が――そこになかった――。
あるのは胸全体に広がる赤黒く平らな〝切断面〟。
そして彼女の目に映ったのは、憎き敵の持つ血のこびり付いた鉈。
ボチャリ――と剣狼艶女の足元に重量のある二つの肉の塊が落ちる。それは、切断された剣狼艶女のご自慢の二つの乳房。
剣狼艶女の乳房は、鉈で付け根から切断され、削ぎ落されていた。
剣狼艶女「は――?え……あ……いぎゃぁああああああああああッ!?」
状況を理解すると同時に、胸の切断面からブシュリと血が噴出する。
そして剣狼艶女の妖艶な表情が崩壊し、彼女はおっとりとした瞳をかっ開き、これまで艶のある加虐の声を奏でていた口を、顎が外れんまでに開口して、野生動物のような絶叫を上げた。
そんな悲鳴も束の間、彼女の鼻に指が掛かり、顔面の上半分が手に覆われる。掴んだのは他でもない隊員Dの腕。隊員Dの背後を取っていたはずの剣狼艶女は、いつの間にか背後に回られていた。隊員Dは剣狼艶女の背後から頭頂部を越えて、彼女の顔面を覆い掴んでいた。そして――
剣狼艶女「ぎゃッ――!?」
絶叫の最中の剣狼艶女から新たな悲鳴が上がる。見れば、彼女の頭部は鼻から頭頂部に掛けて皮を剥がされていた。顔面の鼻から上半分の肉が向き出しになり、頭頂部は禿げ上がりまるでグロテスクな落ち武者のようだ。
剣狼艶女「いびゃぁぁぁぁぁッ!?」
新たな痛みに新たな悲鳴を上げ、ついに剣狼艶女はその場に崩れ落ち、倒れて藻掻き出す。
剣狼艶女「いぎゃぁぁぁぁぁッ!熱い、痛い、あづい、いだい、イダイィィィィィ!!!?」
艶と妖しさで男を支配して来た、穏やかさと加虐性を併せ持つ恐怖の女王、剣狼艶女。しかし今、地べたを転げのたうち回る今の彼女に、これまでの女王のような振る舞いの面影は欠片ほども無かった。
無様な姿へと成り果てる運命にあったのは、他でもない剣狼艶女自身であった。
剣艶女D「え……?」
剣艶女E「は……?」
配下の女達は何が起こったのか分からず目を丸くしている。
女傭兵達は、剣狼艶女の手にかかった獲物が、いかに哀れな末路なを迎えるのか、笑いながら鑑賞していた。しかし哀れな末路を迎えたのは彼女達の敬愛する剣狼艶女であり、剣狼艶女は無様な姿で地面に転がり、獣のように叫び声をあげている。
剣艶傭兵達「「「ごぼぉッ!?」」」
剣艶女E「ぎぇぼぇ!」
剣艶女F「ぎゅごぼッ!」
剣艶女G「ぐぉぼぉッ!?」
そして理解する間も無く、傭兵達を惨劇が襲った。
触手だ。
傭兵達は、突如地中から突き出して来た触手に、ことごとくその体を串刺しにされた。
骨抜きになり、女に乗られてた男傭兵達と、男の顔に乗り笑っていた女傭兵達。それぞれが皆一様に、突き出して来た触手に股間部から口までを、串に刺さった魚のように貫かれていたのだ。
貫かれた女達を見れば、触手が貫通している影響で胴体は膨れ上がり、者によっては一部が裂けて内臓が飛び出し、手足はピクピクと痙攣している。しかし誰も即死はできなかったらく、触手の突き出す口からは、苦し気な声とも付かない音がコポコポと漏れ聞こえている。眼球はことごとく飛び出し、目や鼻、耳からは残らず血や涙、鼻水などが噴き出ていた。
男傭兵達を甚振り、嘲笑っていた先程までとは一転した、凄惨で惨めな姿だ。最も、同様に貫かれた男傭兵達も状況は同じだったが。
周囲には触手の刺突の難を逃れた剣狼艶女配下の傭兵達もいた。だが触手達は、運無き傭兵達の体を串刺しにしたまま、初撃の難を逃れた傭兵達へと牙を剥いた。
剣艶女D「は――ぎゃぶぉッ!?」
一匹の触手がその体をしならせ、近くにいた女傭兵をその身で叩き潰す。
打ち飛ばされたのは、最初に男傭兵達を踏んで甚振り出し、情けないと罵っていた女傭兵だ。
地面に叩き付けられる女傭兵。触手がその体を持ち上が手どけると、その下から触手の巨体の圧で潰れた女傭兵の死体が現れた。
剣艶女D「あぼ……びぇッ……ギェッ……」
女の全身の骨は折れて捨てられた人形のように四肢がおかしな方向に曲がり、口や体に出来た深い裂傷からは臓物が飛び出している。目は白目を剥き、体はピクリピクリと痙攣して、臓物の飛び出ている口からは声とも知れない音が零れ聞こえてくる。
顔も体もグチャグチャの状態で痙攣している女傭兵の姿は、まさに潰された虫のように無様であった。
剣艶C「ぎゃぁッ!?」
剣艶女H「びょげッ!?」
剣艶女I「ごぶッ!?」
さらに、そこかしこで傭兵達の悲鳴が上がる。
へたり込み、虐げられていた男傭兵達や、それを取り囲んで虐げていた女傭兵達がことごとく触手に打たれ、投げ散らかされ、あるいは潰される。
剣艶傭兵達「「「ぎゃぼぉッ!?」」」
剣狼艶女の腰かけや足置きとなり、四つん這いになっていた男傭兵達が、身を打った触手に押しつぶされている。
香の影響と剣狼艶女からの甚振りの余韻で、碌に動くこともままならなかった傭兵達は、触手にことごとく無惨に投げ散らかされ、快楽にだらしなく緩ませていた顔を、死の形相に変えていった。
剣艶女E「ぱぁッ!?」
剣艶D「びょっ!?」
そして身を打った触手に貫かれていた男女の傭兵は、その衝撃で内側から限界の圧が掛かっていた体が爆ぜ飛び、細切れの肉片と化して仲良く周囲に四散した。
その調子で、剣狼艶女配下の傭兵達は次々に同じ境遇を辿った。触手に弾き飛ばされ、あるいは踏みつぶされてゆき、そしてそのたび、触手に貫かれていた男女の傭兵達は、体を爆ぜ、四散させる最期を迎える。
男を虐げていた気色悪い女達と、虐げられ気色悪く喘いでいた男達は、最後には仲良く凄惨な末路を迎えたのだった。
剣艶女J「うぁぁッ!よくも剣狼艶女さんをッ!」
剣艶女K「男の癖にぃッ!」
しかし中には難を逃れた女達がいた。
女達は怒りを露わにし、触手を潜り抜けて隊員Dに向けて襲い掛かって来た。
敬愛する剣狼艶女と仲間を屠った隊員Dに、憎しみと殺意を向けて、各々の得物を振り降ろす女傭兵達。
剣艶女J「ぎぇッ!?」
しかし隊員Dは一人の剣を避けると、警棒を前頭部に叩き付け、女の頭をたたき割った。
剣艶女K「この――」
立て続けに二人目が剣を手に襲い掛かって来たが、その手の剣が振り降ろされる前に、隊員Dは脚を思い切り真上に蹴り上げ、女の顎を蹴とばした。
剣艶女K「ぎゃぢッ!?」
女は運悪くガヂリと自分の舌を噛み千切り、死体となってもんどり打ち倒れた。
隊員D「………」
剣狼艶女配下の襲撃が返り討ちにした所で、敵の攻勢が途絶え、周囲に一時だが静寂が戻る。
暴れまわっていた触手達はそこでその動きを止める。それまでの暴虐的なまでの働きに反して、触手達の様子は酷く苦しそうだった。
内、一匹の触手が限界を迎えたのか、ゆらりとその巨体を倒しかけた。しかし、突如伸びた人の腕が、触手の表面の一部を、肉が千切れんばかりに鷲掴みにした。
触手を掴んだ腕の主は、他ならぬ隊員Dだ。大木のような巨体の触手を、隊員Dは軽々とした動きで引き寄せる。
隊員D「まだだ、倒れるな。ちゃんと言う事聞けよ」
そして触手に対して冷たく囁いた。
触手達は隊員Dの配下に完全に下っており、隊員Dの意思に呼応し、剣狼艶女配下の傭兵達を襲っていたのだ。そして触手は、新たな主人である隊員Dの言葉に、承諾か、はたまた恐怖によるものなのか、弱々しい身悶えで答えた。
隊員Dはそんな触手をほっぽり出すと、別の目標を探すため、視線を周囲へ走らせようとする。
剣狼暴女「――死ね」
しかしそこへ真横から、目を血走らせた剣狼暴女の襲撃があった。
数分前。
剣魔F「く……」
剣狼暴女「っつぅ……!」
地面に倒れ、苦悶の声を漏らす剣魔Fと剣狼暴女。ダメージにいばらく起き上がる事のできなかった二人は、今ようやく半身を起こした。
剣魔B「剣魔Fさん!剣狼暴女さん!」
剣魔E「二人とも、大丈夫!?」
そこに駆け付けたのは侍女の剣魔Bと護衛の少年剣魔E。
突然の敵の強襲に呆気に取られていた剣魔Bだったが、尊敬する剣魔Fの危機に気が付き、仕置きの拘束を受けていた剣魔Eを解いて解放し、今この場に駆け付けたのだ。
二人は剣魔Fや剣狼暴女に駆け寄り、手を貸そうとする。
剣狼暴女「ふん、この程度……」
剣魔F「ッ、大丈夫ですよ……」
剣魔Fや剣狼暴女は掛けられた言葉に返しながらも、貸された手を断り、視線を敵のいる方向へと向ける。
剣魔B「あぁ……!」
剣魔E「剣狼艶女さんに、皆が……」
二人の視線を追って顔を上げた剣魔Bと剣魔Eが、驚愕の声を上げる。
散らばる仲間、剣狼艶女がのたうち、配下の傭兵達が触手に串刺しにされる姿が見えた。その中には剣狼艶女の取り巻きの姿もあった。
剣狼暴女「アイツ……絶対に、切り裂いてやる……!」
それを目にした剣狼暴女は怒りを再燃させ、感情に任せてその場から飛び出した。
剣魔E「カ、剣狼暴女!」
剣魔Eは飛び出した剣狼暴女を呼び止めようとするも、彼女は行ってしまう。追うべきかと迷う剣魔Eだが、その時、彼は横から強い怒りの気配を感じ取った。
剣魔B「み、みなさん……許しません――」
剣魔E「ミ、剣魔B?」
怒気の発生源は剣魔Bだった。普段大人しい彼女が見せない雰囲気に、それを見た剣魔Eはたじろぐ。
剣魔F「躾では済みませんね……奴には、徹底した仕置きを与え、屠らねばならないようです……」
そして剣魔Fも冷たい表情に怒りを宿らせ、冷酷な台詞を口にする。
剣魔E「二人とも落ち着いて!」
そんな二人を冷静にさせようと、声を上げる剣魔E。
剣魔F「ふん、豚が偉そうに指図ですか」
剣魔E「う……うぅ」
しかし怒りに駆られる女達に、その言葉は一蹴されてしまった。
剣魔B「……ううん、剣魔Eさんの言う通りかもです……敵を倒すならば、それこそ協力しないといけません」
だが、剣魔Bが剣魔Eの提案に賛同した。彼女は強い怒りの感情を孕みながらも、その内には冷静さを残しているようだった。
剣魔F「………」
剣魔Bのその言葉に、怒りの感情の中にあった剣魔Fにも、少しの冷静さを取り戻す。
剣魔F(この子は私よりもずっと肝が据わっているのかもしれないですね)
怒りに囚われていた自身を自嘲するように、そんなことを思い浮かべる剣魔F。
剣魔F「何か――考えはあるのですか?」
そして剣魔Fは、二人に向けてそう尋ねた。
飛び出した剣狼暴女は、目にも止まらぬ速度で触手を潜り抜けて隊員Dに肉薄、襲撃を仕掛けた。その彼女の目は、怒りのあまり酷く充血している。
剣狼暴女「――死ね」
最早多くの煽りや罵倒の言葉は無い。
跳躍で隊員Dの斜め上空に位置取った彼女は、最高潮に達した怒りを冷酷なその一言と、手の中のナイフに込め、それを隊員Dに向けて振り下ろした。
しかし、隊員Dの一歩横にずれるだけの動作で、剣狼暴女の一振りは空しく空振りに終わる。
剣狼暴女「このッ――」
これまでも見た不可解なまでの敵の回避行動に悪態を吐きながらも、剣狼暴女は身を反転させて、再度攻撃を仕掛けようとした。しかし、彼女が己の右腕の違和感に気が付いたのは、その時だった。
剣狼暴女「――は?」
見れば、右腕に握っていたはずのナイフがそこに無い。否、ナイフを握っていた〝右腕が無い〟。剣狼暴女の右腕は、肘から先が切断されていた。
剣狼暴女「あ……あぁぁ――ッ!?」
理解した瞬間、剣狼暴女は悲鳴を上げかける。
剣狼暴女「――ごぅッ?」
しかし彼女のそれは強引に中断され、代わりに鈍い叫び声が彼女の口から上がる。彼女の顔面には、横から振るわれた警棒が叩き込まれている。
それを握るのは他ならぬ隊員D。
そして隊員Dのもう片方の手には、切断された剣狼暴女の腕が掴まれている。剣狼暴女の物だったその腕は、愛用のナイフを握ったまま硬直している。
警棒に打たれた剣狼暴女はもんどり打ち、大きく仰け反っている。隊員Dはそんな剣狼暴女の横を抜けながら、切断された腕に握られたままの彼女の愛用ナイフを、彼女の顔面に叩き込んだ。
剣狼暴女「びょッ!?」
顔面に自身の愛用ナイフが突き立てられ、彼女の口から短い悲鳴が上がる。愛用のナイフと、それを握ったままの腕が、彼女の顔面の上にそびえ立つ。剣狼暴女の体は膝を付き、やがて全身が崩れ落ちるように地面に沈んだ。
まだ息があるのか、顔から血を噴き出しながら、彼女の身体は痙攣していた。
襲撃者を一人屠った隊員Dだが、息つく間もなく新たな襲撃者をその目に捉えた。
濡れた地面を跳ぶように駆け、敵の傍まで接近した剣魔F達三人。その三人の目に映ったのは、悠然と佇む敵と、無残に倒れる剣狼暴女の体だ。
剣魔F「ッ――剣狼暴女……!」
ライバル的存在であった剣狼暴女の無惨な姿に、顔を険しくする剣魔F。
剣魔Bや剣魔Eも剣狼暴女の姿に、顔を悲愴に染める。
しかし三人はその顔から悲観の念を振り払い、凛々しい傭兵としての顔を作り出す。今は目の前の敵に集中し、仇敵を討ち果たすことが、仲間への弔いだと己に言い聞かせて。
そして剣魔Fが先陣を切り、隊員Dに向けて飛び込んだ
剣魔F「はッ!」
ナイフで敵に切りかかる剣魔F。しかし敵は斧を掲げて易々と剣魔Fの攻撃を受け流した。しかしそれを予想していた剣魔Fは、受け流されたのを利用してそのまま敵の懐から離脱。
剣魔E「やぁぁッ!」
そして入れ替わりに、今度は剣を手にした剣魔Eが敵に向けて切りかかった。彼の攻撃はまたも受け流されるが、剣魔Eは剣魔Fの同じようにそのまま離脱する。
そしてまたも入れ替わるように、反転し戻って来た剣魔Fが敵に攻撃を仕掛ける。
二人は幾度も入れ替わりに一撃離脱と反転を繰り返し、敵を翻弄する。これにより、敵は二人に向けて決定的な有効打を打てていなかった。
しかしそれは剣魔F達も同じであり、このままでは両者共に疲弊する一方に思えた。
剣魔B「二人とも、お待たせしました!」
だがその時、背後から声が響いた。
声の主は剣魔B。彼女は得意とする槍をその手に持ち、上空に跳躍していた。剣魔Bのその姿を確認した剣魔Fと剣魔Eは、反復攻撃を中止して飛び退き、敵との距離を取る。
剣魔B「落ちよ!雷の柱ッ!」
そして剣魔Bが通る声で発した瞬間、敵の周囲にいくつもの稲妻が落ちた。
さらに、通常の稲妻であれば発生した直後に消滅するはずであったが、この稲妻は、閃光を迸らせながらもその姿を維持し、敵の周囲を囲い、まるで周囲に壁を作るようにして、包囲する。
二人が浅い攻撃を繰り返していたのは、剣魔Bの魔法発動準備の時間を稼ぐためだった。
剣魔E「よし、相手の行動を封じた!」
剣魔Eが上げた声の通り、敵は周囲を囲った稲妻の柱により、動きを制限されたようだ。
剣魔B「〝雷槍――<<サーディル・ピェリシア>>……ッ!〟」
そして、敵を包囲することに成功したことを確認した剣魔Bは、続けて詠唱を行う。すると彼女の構える槍に、電流が走り出した。パチリパチリと小気味良い音の放電現象を纏う槍。剣魔Bはしっかりと構え直すと、眼下の倒すべき敵に向けて突貫を開始した。
剣魔F(敵の行動の自由を奪った所への、雷槍による突貫。単純ですが、有効なはずです――)
剣魔Fは作戦を分析しながら、急降下する剣魔Bの姿を見守っている。
剣魔E「剣魔B、お願い!」
剣魔F「そのまま、行きなさいッ!」
そして剣魔Eと剣魔Fはそれぞれ思いを込めた一声を発し、剣魔Bに一撃を託す。
二人の声を受けた剣魔Bは、やがて敵へのリーチ内へ降り立った。すかさず槍を放つための予備動作に入る剣魔Bに対して、敵は動きを見せない。
飛び退き逃げれば、雷の柱に突っ込みその身を焼くことになる。剣魔Bの槍と刃を交えれば、槍の纏う雷により感電死することになるだろう。
そう、敵の選べる道は全て閉ざされたのだ。
剣魔B「さぁ!あなたの行い、反省してください――!」
そして今、仇敵へ向けて剣魔Bの槍が思い切り繰り出された――
剣魔B「――ぎょッ!?――ごぼぉッ!?」
が、槍の切っ先が届く前に、剣魔Bの体に異変が訪れ、彼女から奇妙な悲鳴が上がった。
剣魔E「え?」
剣魔F「な――!?」
剣魔Bは、股間から胴を通って口に掛けて一直線に、その体を地中から現れた触手に貫かれていた。
剣魔B「ご……おぼォ……」
全身を触手に貫かれて串刺しとなった剣魔Bは、白目を剥き、顎の外れた口からからは触手が突き出し、苦し気な声が口のわずかな隙間から漏れ出ている。
そして、触手は体力の限界を迎えたのか、その巨体を巨木が倒れるように地面へと横たえる。必然、共に倒れることとなった剣魔Bの体は、串刺しにされたままカエルのように両手両足を広げて、ビクビクと痙攣していた。
周囲を囲っていた雷は、主を失ったためか消滅して行く。
その場には、思いを託され慣行された攻撃が身を結ぶことなく、無惨な姿と成り変わった剣魔Bの死体だけが残る。
隊員D「………」
隊員Dはそんな剣魔Bの死体を、ただ無力化の確認のためだけに、つまらなそうに一瞥した。
剣魔E「ミ、剣魔B……う、うぉぉ――!」
そこへ、サポートのために脇に控えていた剣魔Eが動いた。剣魔Bの死を理解した彼は、考えるよりも先に隊員Dに向けて切りかかった。
剣魔E「びょッ――ッ!?」
しかしその手の剣が届く前に、発砲音が響いた。隊員Dが片手で構えて向けたショットガンからは硝煙が上がっている。
そして剣魔Eの顔面の上半分がこそげるように無くなり、頭部の中身が覗いていた。顔面に散弾を受けた剣魔Eは、削がれた顔面の上半分から血を盛大に噴き出すと、そのままあっけなく倒れて死体の仲間入りを果たした。
二人を屠った隊員Dだが、その背後に回り込む人影がある。殺気を全身に纏わせた剣魔Fだ。
剣魔F「よくも剣魔Bを……剣狼暴女に、豚までも……私の大切な友人達に下僕――」
仲間の死に歯を食いしばりながらも、一瞬の隙を突いて背後を取った剣魔F。彼女のその両手には一本鞭とナイフが握られている。憎き敵を捕らえ、切り裂くための得物。
剣魔F「己の罪を知り、悔いて、無様に死になさい――」
言葉と共に、敵を捕らえるべく目にも止まらぬ素早さで、一本鞭を放った。
剣魔F「ッ――!?」
しかし、彼女の一本鞭は空を切り、何者も捉える事は無かった。そして剣魔Fは自身の背後に気配を感じる。
いつのまにか、彼女の背後に隊員Dの姿があった。つい先程まで確実に目の前に捉えていた存在が、一瞬の内に背後に移動していたのだ。まるで戦闘機がオーバーシュートを起こした時のように。
剣魔F「むぶッ!?」
剣魔Fが気配に気が付いた時には、すでに遅かった。
直後、突然剣魔Fの頭部が何かに覆われる、彼女の視界が奪われる。剣魔Fの顔には土嚢袋が被さっていた。
剣魔F「ぎゅぃ!?」
そして間髪いれずに、剣魔Fは己の体が縛り上げられる感覚を覚える。
それは正しかった。
隊員Dはワイヤーを繰り出し、彼女の身体の横を抜けながら、恐るべき素早さで彼女の身体を縛り上げたのだ。そして隊員Dは身を翻すと、仕上げといわんばかりに、土嚢袋に覆われた剣魔Fの顔に、警棒を叩き込んだ。
剣魔F「もびゅッ!?」
土嚢袋に覆われた口から、くぐもった悲鳴を上げながら、剣魔Fはその体を捻じるようにしながら吹っ飛び、地面に突っ込んだ。
他者を豚や犬と罵っていた剣魔Fだが、哀れにも家畜の加工のような最期を迎えたのは、彼女自身だった。
黒皮のボンレスハムとなり果てた、ビクビクと痙攣している剣魔Fの体を、邪魔なので蹴とばす隊員D。
隊員D「………ッ」
その直後、隊員Dは上空に瞬く光と人影を捉え、手を翳す。
その人影は剣狼魔女と剣狼少年だった。
再び数分前。
剣狼少年「剣狼魔女、剣狼魔女!しっかりして……!」
自分の鞭を食らって倒れた剣狼魔女を、剣狼少年が介抱している。と言っても、最初の襲撃で蹴り飛ばされた剣狼少年は、つい先程ようやく立ち直った所であり、そこで剣狼魔女の打ち飛ばされる姿を目にして、今しがた彼女の元に駆け付けたばかりであった。
剣狼魔女「ッ……!」
ギリリと歯を食いしばりながら、剣狼魔女は敵のいる方向を睨んでいる。
剣狼少年「剣狼暴女……剣狼艶女隊長やみんなが……」
仲間達、そして幼馴染が死んだ事実を前に、剣狼少年は顔を青くしている。残る傭兵達が掛かってゆく姿が見えるが、彼等もことごとく蹴散らされてゆく。
剣狼魔女「ここまで……私を……絶対に許さない……!」
立ち上がろうとし剣狼魔女は、しかしふらついて再び地面に膝を付く。度重なるダメージにより、いかに人より強靭な体を持つ魔女と言えども、限界を迎えようとしていた。
剣狼少年「だ、ダメだよ剣狼魔女……」
剣狼魔女「うるさいわね、私に命令する気……?」
剣狼少年「う……」
剣狼魔女に凄まれ、たじろぐ剣狼少年。満身創痍の身でありながら、剣狼魔女の眼孔は未だに逆らい難い鋭さを孕んでいた。
剣狼少年「うぅ……で、でも!やっぱりだめだよ……ッ!そんな体で戦いに行くなんて、絶対にダメ!」
しかしそれでも剣狼少年は剣狼魔女を止めた。
剣狼少年「どうしても行くなら、僕が一緒に行く!剣狼魔女さっき言ったでしょ、剣狼魔女の盾となり矛となれって。だから僕を頼ってよ!僕は……僕は剣狼魔女の使役獣だから!」
そして剣狼魔女に向けてその身を乗り出し、意を決した表情で訴えた。
剣狼魔女「フン……そんな恰好でいっても、何の格好もつかないわよ」
剣狼少年「え?……あ!あぅぅ……」
襲撃直前まで、剣狼魔女から仕置きを受けていた剣狼少年の姿は裸のままだった。一糸まとわぬ己の姿に気づき、両腕で体を隠して赤面する剣狼少年。
剣狼魔女「はぁ……」
一方、剣狼魔女はそんな剣狼少年の姿に、纏っていた殺気と憎しみの念を少しだけ収めて、小さなため息を吐いた。
剣狼魔女「今や私の手に残っているのは、あなただけか……」
毒気の抜かれたような顔で、自嘲気味に言う剣狼魔女。
剣狼魔女(でも、この子の素質ならあるいは……)
思いながら、剣狼少年を見る。
剣狼魔女「いいわ。私が奴の動きを読んで指示を出すから、あなたはそれに従って動きなさい。ヘマしたら容赦しないわよ」
その言葉に、剣狼少年はごくりと喉を鳴らす。
剣狼魔女「使役獣としての役目を果たして見せなさい。あなたを……信じてみるわ」
しかしその後に見せた信頼の言葉。
剣狼少年「剣狼魔女……うん!」
その言葉に、剣狼少年は明るく凛とした表情で返事を返す。そして二人は、夜闇へと飛び立った。
飛び上がった剣狼魔女と剣狼少年。上空に身を置いた二人は、そこから敵の姿を捉える。
敵は背後を見せ、進んでいる。残った傭兵を探しているのだろう。
剣狼魔女「さぁ、教えた通りにしてごらんなさい」
剣狼少年「う、うん……〝その刃に勇なる輝きを纏い、獲物を討つ力と成せ――<<ユーリォ・ソレス>>……ッ!〟」
剣狼魔女に言われ、剣狼少年は恐る恐る魔法詠唱を口にした剣狼少年。詠唱を終えた瞬間、彼の持つ剣の刃には紋様が浮かび上がり、そして次の瞬間に閃光を発した。
剣狼少年「す……すごい!剣狼魔女のおかげで、剣にこんな大きな魔法が……」
剣狼魔女「ふっ、違うわ。これはあなたの持つ魔力によるものよ、剣狼少年」
剣狼少年「え……?」
言われた言葉に、キョトンとした表情を作る剣狼少年。剣狼少年は元々大きな魔力を宿しており、剣狼魔女のそれを引き出す呼び水として剣狼少年に魔力を流したに
剣狼魔女「前に教えたことを忘れたの?覚醒していないだけで、あなたの体の内には大きな魔力が眠っていたのよ。ただ、それを引き出す力はまだまだ未熟だったわ。だけど、あなたはこの土壇場で覚醒して、これほどの魔力をここまでの力に変えてみせた。私が導いたとはいえ、ここまでの覚醒を見せるなんて、さすがに想像していなかったけど」
剣狼少年「え……ぼ、僕が……?」
普段では考えられないような優し気な剣狼魔女の言葉に、戸惑いの様子を露わにする剣狼少年。
剣狼魔女「あら、素質を褒めたからといってうぬぼれない事ね。これから、この力をもってして敵を討つことこそ、あなたの今の使命なのよ」
少しだけ言葉をいつもの調子に戻し、剣狼少年に釘を刺す剣狼魔女。
「う、うん!」
その言葉に、剣狼少年は少し気圧されながらも、先と同様に凛とした通る声で返事をする。それは彼女の調子が少しだけ戻ったようで、そこに嬉しさを感じたからであった。
そして二人は、再び眼下の敵へとその瞳を向ける。
剣狼魔女「奴は、おそらく魔封じの魔法を使っていたみたい……でも、あなたに宿る膨大な魔力の前には、封じきれないみたいね……!」
眼下の敵の姿を見ながら、分析の言葉を口にする剣狼魔女。そして横に居る剣狼少年にその視線を移し、愛しい使役獣である少年の、緊張した表情をその目に留める。
剣狼魔女「大丈夫よ、あなたの力を信じなさい。あなたはこの魔女剣狼魔女の使役獣なんだから」
剣狼少年「剣狼魔女……」
剣狼魔女「さぁ行くわよ、剣狼少年。私の愛しい使役獣。私の盾であり剣――」
剣狼少年「うん、剣狼魔女。僕の主様――」
二人は互いを呼び合うと、剣の柄の上でお互いの手を重ね、指を絡ませ合う。
剣狼魔女「〝我らを瞬突の牙と成せ――<<シュトゥル・ルァ・グムラストゥ>>――〟」
そして剣狼魔女が詠唱。二人は共に構えた剣と一体となり、その場から打ち出されるように飛び出した。
凄まじいスピードで敵に迫り、そして目と鼻の先まで一瞬でたどり着く。敵からすれば、上空に居たふたりが消え、一瞬にして接近して来たかのように見えただろう。最早敵には二人の攻撃を回避することも叶うまい。
そして魔法による力の込められた剣は、今や岩や鋼をも砕く威力を持つ。これを防ぐ手などありはしない。
二人で一緒に構えた剣の柄に、力を込める。そして憎き敵に、切っ先を向けて、二人の力を合わせた渾身の一撃を突き込み、仇敵の体を貫く――!
――だが、その直後、ガクリという突然押し留められるような奇妙な衝撃が二人を襲った。
剣が敵の体に到達するには、まだわずかにだが早い。
予期せぬ事態に困惑しながらも二人は視線を剣先へと向ける。
剣狼魔女「え――?」
剣狼少年「へ――?」
剣狼魔女と剣狼少年の口から素っ頓狂な声が零れ出る。それは二人の目に入った、事態の原因にあった。
仇敵を貫くべく二人の突き放った剣は、その仇敵の手前で停止していた。
仇敵、すなわち隊員Dの〝片手により掴まれて〟。
岩を、鋼をも断ち切り砕くはずの剣撃が、翳した片手で、いとも容易に受け止められている。それだけではない。宿っていたはずの強大な魔力も、まるで初めから何もなかったかのように消失していた。
この衝撃の事態は、剣撃が決まる事を確信していた二人の思考能力を奪うには十分過ぎた。
剣狼魔女「――ごぼォッ!?」
そして、剣狼魔女の腹部に衝撃と鈍痛が走った。
剣狼魔女「――ごぼォッ!?」
剣狼魔女の腹部に衝撃と鈍痛が走った。
隊員Dの放った蹴りの一撃が、剣狼魔女の腹部に入ったのだ。その威力は凄まじく、剣狼魔女の手は握っていた剣を離れ、彼女のその体は上空に高々と舞い上げられた。
剣狼少年「え――ぎゃッ!?」
何が起こったのか理解できずに呆然としていた剣狼少年は、次の瞬間に地面に叩き付けられて悲鳴を上げた。
隊員Dが掴んでいた剣ごと、剣狼少年を地面に投げ捨てたのだ。剣を投げ捨てた隊員Dは、拳を握り、少し姿勢を低くして、その場でタメの体勢に入る。
剣狼魔女「ぁ――ぁ――」
上空からは、蹴り上げられた剣狼魔女がうめき声を漏らしながら真っ直ぐ落下して来る。剣狼魔女の体が自分の胸の高さまで落ちて来た瞬間、隊員Dは落ちて来た剣狼魔女の体に、タメの一撃を思い切り叩き込んだ。
剣狼魔女「ぎぃ――ぎぇぼぅッ――!!!」
拳が剣狼魔女の顔面横面にとてつもない勢いで叩き込まれ、剣狼魔女の体はその衝撃を受けながら地面へと叩き付けられた。その勢いは比類なき物で、衝撃で剣狼魔女の体は地面にめり込み、土砂が巻き上がった。
巻き上がった土砂が止むと、そこには湿った地面にめり込み、白目を剥いてピクリピクリと痙攣し、起き上がる様子の無い剣狼魔女の姿がそこにあった。
倒れた剣狼魔女を、ただただつまらない物を見る目で見下ろす隊員D。
周囲に静寂が訪れる。
その場には多くの無惨な姿となった者達の体が転がり散らばっていた。
魔女剣狼魔女が。使役獣の少年剣狼少年が。
剣魔Fや剣狼暴女、剣魔Eや剣魔Bなどの少年少女達が。
剣狼魔女配下の傭兵達が。
剣狼艶女に、剣狼艶女配下の男傭兵や女傭兵達が。
その全てが一帯に無残な姿となって散らばっていた。
そしてその中心にただ一人、彼ら彼女らにとっての憎き敵であり、そしてこの場の圧倒的勝者となった隊員Dの、静かに佇む姿があった。
剣魔M「あ、あ……」
剣魔O「嘘……だろ……?」
剣魔P「剣狼魔女様たちが……そんなことが……」
静寂の中に音が戻り出す。
それは、隊員Dの手や触手の暴走を逃れた、もしくはそれらの手にかかりつつも奇跡的に無事だった傭兵達。
剣魔M「こ、このぉ!」
剣魔O「よくも皆様に!」
剣魔P「絶対に許さん!」
彼等は満身創痍の体ながらも、主を手に掛けられた怒りで己を奮わせ、得物を手に、四方から一斉に隊員Dに襲い掛かろうとした。
だが、彼らが一斉に行動を起こそうとしたその瞬間、上空に閃光が瞬いた。
そして鉄の擦れる音とともに、傭兵達の後方から大きな物体が現れ、その物体が強烈な光が突如瞬き、隊員Dと、隊員Dを囲おうとする傭兵達の姿を照らした。
剣魔M「うわぁぁぁッ!?」
剣魔O「な、なんだぁッ!?」
その正体は、突入して来た施設作業車だ。
強烈なヘッドライトの光が剣狼隊の傭兵達の目を晦ませ、巨大なドーザーブレードが彼らを追い立てる。さらにショベルアームが右片へいっぱいに展開され、傭兵の逃れる隙を塞いでいた。
施設作業車のドーザーブレードには傭兵の死体が引っかかっている、先で見張りをしていた剣狼艶女配下の傭兵のものだ。傭兵達は突入して来た増援分隊により、後退する暇すらなく排除されたのだった。最も彼らがここまで後退できていた所で、待つのは傭兵の死体の庭と、それを作り出した隊員Dだったが。
さらに後ろから続いていた大型トラックが、施設作業車の左側に出てその側面を向ける。大型トラックは応急的にガントラック化がなされており、荷台には三脚に乗せられて据えられた92式重機や96式40mmてき弾銃、そして乗車する隊員の小銃やMINIMI軽機等の銃口が並び、それらが全て傭兵達へと向けられた。
剣魔P「バ、バケモノだッ!」
剣魔M「ひ、引け!副隊長達を連れて……う、うわッ!?」
突然の得体の知れない物体の襲撃に、撤退しようとする傭兵達。
しかし、跳躍により撤退しようとした傭兵達は、わずかに跳ね跳ねただけで地面に転倒した。
彼等の人間離れした跳躍力は、クラレティエ、剣狼魔女、剣狼艶女達、三人の隊長各の女達が習得する、高位の身体強化魔法の恩恵を受けていたことによる物であった。しかし、この場で剣狼魔女と剣狼艶女が、そしてこの場の剣狼隊の傭兵達は知る由もなかったが、隊長であるクラレティエが無力化されたことにより、魔法の効果は消失。彼等はその驚異的な跳躍力を発揮することができなくなっていたのだ。
剣魔M「うわ!」
剣魔O「ギャァッ!」
そして狼狽する傭兵達から悲鳴が上がり出す。
車両の隙間を縫い出て展開した各組の隊員が、各々目標を定めて発砲を開始。隊長各の三人の加護を失った丸裸同然の傭兵達は、碌な抵抗もできないまま、次々に撃たれ、倒れてゆく。
やがて立っている傭兵の姿が無くなると、一組四名が隊員Dや隊員N等の傍まで前進して来た。
彼等は滑り込むように隊員D等の周囲に展開して、四周の警戒を開始する。
隊員TeA「右片よし」
隊員TeB「左方異常無し!」
支援TeA「前方、アクティブな敵影無し」
隊員O「了、各員そのまま警戒しろ」
各隊員は組長へと報告を上げる、組を率いるのは隊員Oだ。隊員Oは組の各隊員の報告を聞くと、引き続きの警戒を命じる。
隊員O「妙な状況だな、もうほとんど終わってるじゃねぇか」
隊員Oは自身の小銃を降ろして立膝の姿勢から立ち上がり、周囲を見渡しながら感心とも呆れともつかない口調で発する。
周辺には無数の傭兵達の死体が。そして、ついに力尽きた触手達の巨体がそこかしこに転がっていた。
隊員O「隊員D一士、無事のようだな。脅威存在はどうした?」
隊員Oは隊員Dに向けて振り向き、彼が無事な事を確認すると、状況を訪ねる言葉を発する。尋ねて来た隊員Oに対して、隊員Dは言葉は発さずに視線だけで、眼下で地面に沈んでいる剣狼魔女の体を示して見せた。
隊員O「冗談かよ――お前が仕留めたのか?」
再び呆れた口調で発された隊員Oの言葉に、隊員Dは今度は肯定の言葉も否定の言葉も返さず、ただ剣狼魔女の体を冷たい目で見ろしていた。
隊員TeA「おぁぁ!?」
背後から隊員の声が響いたのはその時だった。隊員Oが振り向くと、視線の先に、隊員とは別の人影が立っている事に気付く。
剣狼艶女「ふ……ふふ……」
それは副隊長格の一人の剣狼艶女だった。
不気味な艶のある笑い声こそ零しているが、乳房が切断され、鼻から頭頂部にかけてまで皮を剥がされて、禿げ上がっている今の彼女の姿にそれまでの妖艶さは微塵も無く、その見た目はまるで妖怪のそれだ。
隊員TeA「そこで止まれ!動くなッ!」
突然起き上がって来た皮の無い女に、近場に居た隊員は驚愕しながらも、小銃を向けて警告の言葉を発する。しかし剣狼艶女にその言葉が届いている様子は無く、彼女はフラフラとおぼつかない足取りでゆっくりと歩を進めている。
剣狼艶女「あははぁ……っ!もう許さないわぁ!」
そして口元を裂けんがまでに釣り上げて、不気味な声色で言葉を発し出した。
剣狼艶女「どこまでも悪い子達……!みんな徹底的に甚振って、私の元に這いつくばらせて――ぼぎゃッ!?」
しかし剣狼艶女の吐き出す呪詛の言葉は、もはや美女ではなく妖怪のそれと化した剣狼艶女の顔面に、一本鞭が直撃することで中断された。
隊員Oを始め、隊員等がその鞭の出先を追って振り向くと、上体を起こし、その手に鞭の柄を握った隊員Nの姿がそこにあった。
隊員N「いつまで女王様気取りだ、そこまでにしろ」
吐き捨てた隊員Nは、巧みな手首の動きで鞭を回収して見せる。その鞭は侍女である剣魔Fが落とした物であり、隊員Nはそれを拾い、剣狼艶女に向けて放ったのだった。
隊員O「隊員N、無事か?」
隊員N「一応、無事だ……」
隊員Nは隊員Oの問いかけに答えながら、近くに落ちていた隊員Bの9mm機関けん銃を拾い上げると、険しい顔で立ち上がる。隊員Nの向かう先には、鞭に打たれて吹っ飛ばされ、尻を高々と突き上げて地面に突っ伏し倒れている剣狼艶女の姿がある。
隊員Nは剣狼艶女の前まで近づくと、おもむろに彼女の尻を思い切り踏みつけた。
剣狼艶女「あぎッ!」
隊員Nの戦闘靴に圧を掛けられ、突っ伏した姿勢の剣狼艶女の口から悲鳴が上がる。
隊員N「なぁ、さんざん気持ち悪い事を宣っていたが、今惨めで無様で情けないのは誰だ?」
隊員Nは静かな、しかし怒りの込められた言葉を眼下の剣狼艶女に投げかける。
隊員N「お前だよ」
言い捨てると同時に、隊員Nは9mm機関けん銃を剣狼艶女の頭に向け、その引き金を引いた。
剣狼艶女「ぱびょッ!?」
数発の9mm弾が剣狼艶女の後頭部に叩き込まれ、剣狼艶女の体はビクリと一瞬跳ね上がる。そして血や脳漿で突っ伏している地面を汚し、そこに力の抜けた頭をべしゃりと落とし、死体と成り果てた。
妖艶さ漂う女王剣狼艶女の、無残であっけない最期であった。
剣艶傭兵達「あぁぁ、嘘だ!」「そんなぁ!」「剣狼艶女様ぁ!」
そこへ周囲から叫び声が上がる。傭兵達の中には深手を負いながらも息のある者がまだ多く残っており、その中でも剣狼艶女の配下の傭兵達が、主の死に泣き喚き出したのだ。
しかし隊員Nはそんな声は無視して、剣狼艶女の死体を冷たい汚物を見る目で見下ろす。
「何が躾だ、何が美しく強い方々だ……。お前達がやってたのは、低能が別の低能を甚振るだけの、不快なごっこ遊びだ……ッ!」
そして憎悪の含まれた強い口調で吐き捨てた。
隊員B「ぅぁッ……酷い目に遭った……」
砲隊E「……」
一方、その少し離れた傍らで、起き上がる隊員Bや砲隊Eの姿があった。侍女の剣魔Fが無力化されたことで洗脳が解け、両者とも正気を取り戻したようだった。
隊員Bは半身を起こして、朦朧とした様子で声を零している。
砲隊Eはというと今までのことがなかったかのように容易に起き上がり、どことなく嫌そうな表情だけを作り、自身の戦闘服に付いた泥を払っていた。
隊員N「砲隊E三曹、隊員B……!正気に戻ったようだな……」
二人の様子を見た隊員Nは、その顔に少しだけ安堵の色を浮かべる。
そしてガクリと体制を崩した。隊員Nに蓄積したダメージは少なくなく、彼の体は限界だったのだ。
隊員O「おい隊員N!――衛生隊員!」
崩れかける隊員Nの姿を見た隊員Oが声を張り上げる。ちょうど到着していた衛隊Aや衛隊B等、その声に応えて衛生隊員がその場に駆け付けた。
衛隊A「隊員N三曹!」
隊員N「ッ、すまん……」
衛隊Aが慌てて駆け寄り、崩れかけた隊員Nの身体を支えてる。隊員Nは支えられながら、ゆっくりと再び地面に腰を降ろした。
衛隊A「衛隊B、他の人達を頼む」
衛隊B「了解です」
衛隊Bは砲隊Eや隊員Bの元へと走る。
それと入れ替わりに、腰を降ろした隊員Nの所へ、隊員Oが歩み寄って来た。
隊員O「色々とよく分からん状況だな。しんどそうな所悪いが、説明してもらえるとありがたいね」
隊員Oは周辺に散らばる傭兵達の死体、そして喚き叫んでいる傭兵達の姿を不快そうに見渡しながら、隊員Nに事の詳細を尋ねる。
隊員N「あまり、口に出して話したくないんだがな……」
隊員Oの言葉に、隊員Nは苦々しい口調でそう零すと、衛隊Aからの手当てを受けながら、事の顛末の説明を始めた。
砲隊E「大丈夫だ。もう自分で動ける」
隊員B「俺も……なんとか平気かな?」
衛隊B「でもあまり無理は――ん?」
砲隊Eや隊員Bに付き添い、彼らへの手当てを行っていた衛隊B。
衛隊B「隊員Dさん……?」
しかし彼女はその最中に、静かに歩き出す隊員Dが隊員Dの姿を目に留めた。
隊員Dは戦いのあった周辺を周り、剣狼隊でも主だった女である剣狼暴女の死体や、生きているものの、今やモゴモゴと蠢くだけの剣魔Fの体を乱雑に拾い上げている。
剣狼少年「ぼ……僕が剣狼魔女を護らな……ぎゃぅ!」
その道中で、ダメージを負った体を懸命に起こそうとしていた剣狼少年が踏まれる。
隊員Dは再び剣狼魔女の体の前に立つと、剣狼暴女や剣魔Fの体を乱雑に放り落とす。そして、まだ息のある剣狼魔女の首根っこを掴んで持ち上げた。
剣狼魔女「き、汚い手で触るな……」
一時的な気絶から気を取り戻していた剣狼魔女は、苦し気な声でそんな旨の言葉を吐く。
隊員D「お前か?観測壕を襲って鈴暮を甚振ったのは?」
対する隊員Dは剣狼魔女の言葉など聞く様子も見せずに、逆に淡々とした口調でそう尋ねた。
剣狼魔女「――ふふっ。ひょっとして、最初の虫共や躾のなってない野犬の事を言って――ごぶぅッ!?」
剣狼魔女が言葉を言い終える前に、彼女の腹に衝撃と鈍痛が走った。隊員Dによる膝蹴りを食らったのだ。
剣狼魔女「こぉっ、おげぇぇぇッ……ッ!」
そして剣狼魔女は胃の内容物を地面に吐き戻した。
剣狼魔女「こぁ……お前、よくも――ぶぇッ!」
呪詛の言葉を発そうとした剣狼魔女だが、その前に彼女は頭を隊員Dに踏まれ、自らの吐しゃ物が撒き散らされた地面に、その顔を沈めた。
そして隊員Dは剣狼魔女の両足の膝を蹴り、剣狼魔女の脚を突っ伏す彼女の体の下に押し込む。結果、剣狼魔女は強制的に縮こまるような土下座姿にされた。
さらに集めて来た剣魔Fや剣狼暴女の体も、同様の手順で無理やり土下座の姿勢にさせ、剣狼魔女の左右に並べる隊員D。
三人の女の体が、土下座の姿勢で尻を並べるという、面白い光景が完成する。
そして隊員Dは、並べた三人の女の背中に、おもむろにどかりと腰を降ろした。
剣狼魔女「ぐぅ……!」
剣魔F「んもッ……」
剣狼暴女「………」
中央に位置する剣狼魔女の体をメインの腰かけとし、拘束してある剣魔Fの体に片足をかけて、剣狼暴女の背中に手を置いて体重の一部を預ける。
背徳的な光景に見えるが、隊員D自身に優越感も後ろめたさも感じていなかった。全ては復讐と義務感からの行動だったから。これを正義や大義などど言うつもりは毛頭ない。ただ、亡き友人や尊厳を踏みにじられた仲間のための仇討。生き残り、敵を仕留めた自身に与えられた義務。
それだけが、隊員Dを今の行為に駆らせていた。
剣魔A「ぐ……うごぉぉぉぉぉッ!」
隊員O「あ?」
唐突な雄叫びが周囲に響き渡ったのは、隊員Oが隊員Nの話を聞き始めて少し経過した時だった。見れば、触手に打たれて深手を負い、それまで倒れ込んでいた壮年傭兵が、叫び声と共にその上半身を起こしていた。
剣魔A「貴様ぁぁぁッ!剣狼魔女嬢から離れんかぁぁぁぁッ!」
憤慨し、怒りの声を上げる壮年傭兵。
剣魔A「小僧ぉぉぉッ!猟犬共ぉぉぉッ!しっかりせんかぁぁぁ!剣狼魔女嬢の……主の危機を救えんで何が猟犬かぁぁッ!」
そして周りの傭兵達に向けて叱咤の声を上げる壮年傭兵。
隊員O「うっせぇ」
剣魔A「ぎぁッ!?」
だが壮年傭兵は次の瞬間、悲鳴と共に地面に沈んだ。隊員Oが、壮年傭兵の後頭部に脚を踏み下ろしていた。
隊員O「んだよ、この気っ色悪い全身タイツの首輪ジジイは?」
隊員N「どうにも脅威存在の女に心酔してる取り巻きらしい。何か、色々偉そうにほざいていた。私には、ただのオナニー野郎の被虐性癖ジジイにしか見えないがな」
隊員Nはしんどそうなその顔をより顰めて吐き捨てた。
剣魔A「よくも我が主をぉぉぉ、おのれぇ貴様ら!そのお方をどなたと心得るかぁぁ!我々など足元にも及ばぬ至高の存在である剣狼魔女嬢であらせられるぞォォォ!」
そんな隊員O等の足元で、壮年傭兵は踏みつけられながらも、未だに怒りの喚き声を上げ続けている。
隊員O「……ハノーバー、施設作業車」
隊員Oは壮年傭兵の喚き声に耳を傾けるのを止め、施設作業車に向けてインカムで無線通信を開く。
施設操縦手『ハノーバー、操縦手です。車長は今はずしてます』
隊員O「かまわん、少し頼み事がある」
無線で施設作業車側に何かを伝える隊員O。それが終わると、鉄の擦れる音と、機械の動作音が響き出す。
剣魔A「貴様らのような――ぎぃやッ!?」
そして、喚いていた壮年傭兵の台詞が途中で途絶え、代わりにその口から悲鳴を上が上がった。
見れば施設作業車のショベルアームが壮年傭兵の体の上まで移動し、その先端、ショベルの刃が壮年傭兵の上半身、頭から腰に掛けてを縦に押し潰していた。
剣魔A「あが……ぎぇあ……」
施設作業車の操縦手の操作に連動してショベルアームが下がり、先端の刃は壮年傭兵の体をミシミシと圧迫する。
剣魔A「あ、ぎゃぁぁぁぁ……!」
より強くなる圧に、壮年傭兵の口から悲鳴が上がる。
剣魔A「あぴょッ!」
おかしな最後の悲鳴と共に、壮年傭兵の上半身は真っ二つになった。
ショベルの刃により、頭部から上半身にかけてが文字道理真っ二つになり、頭部は脳や目玉や舌、胴体は内臓をふんだんに地面にぶちまけ、最期を迎えた。
隊員O「あぁ、気持ち悪い」
隊員Oは、凄惨な最期を迎えた壮年傭兵の死体を見下ろしながら、そんな言葉を零す。不快な存在が一人居なくなったためか、その言葉には少しの安堵の色が含まれていた。
隊員Dは壮年傭兵の処分されるその様子を一瞥だけすると、腰の下の剣狼魔女に視線を戻した。
剣狼魔女「ぐぷ……お、お前ェ……絶対に許さない……!徹底的に痛めつけて――ひぃッ!」
残る嘔吐感に耐えて、呪いの言葉を隊員Dに向けて発そうとした剣狼魔女。しかし、彼女の言葉を遮るように、パァンと子気味の良い音が響き、剣狼魔女の口から悲鳴が上がった。
見れば隊員Dの片手には鞭が握られている。それは剣狼魔女が愛用していた乗馬鞭だ。隊員Dはそれを剣狼魔女の尻に振り下ろしたのだ。
剣狼魔女「痛ッ!やめなさ――やめ、いやぁッ!」
そして隊員Dは何度も乗馬鞭を剣狼魔女の尻に叩き下ろす。
悲鳴を鬱陶しそうに聞きながら、ただ剣狼魔女の体を甚振り続ける。幾度も振り下ろされる乗馬鞭に、剣狼魔女の黒い戦闘服の尻の部分はボロボロになり、剥き出しになった彼女の尻の地肌には、いくつもの赤い鞭の跡が刻まれていった。
剣狼魔女「ぅぁ……殺してや――ぎッ!」
再び剣狼魔女の呪詛の言葉が遮られる。
剣狼魔女は頭を鷲掴みにされて強引に上を向かされる。隊員Dを睨みつけようとした剣狼魔女だが、直後、目に映った物に彼女は目を見開く。
剣狼魔女「――!おごォッ!?」
次の瞬間、剣狼魔女から濁った嘔吐くような声が上がった。
見れば、乗馬鞭のその先端が、剣狼魔女の鼻の穴に思い切り突っ込まれているではないか。強引に突き込まれた鞭は咽頭にまで達し、剣狼魔女の鼻からは鼻血が出て、酷く歪に咳き込む剣狼魔女。
剣狼魔女「ごぉ……ほが……あんは、へっはいにころひてや……――ッ!?」
剣狼魔女は鼻に鞭を突き込まれた状態のまま、振り向き隊員Dを睨んで呪詛の言葉を吐こうとしたが、そこで彼女の言葉は止まった。
そしてそこで、剣狼魔女の顔が初めて青ざめる。
彼女の視線の先には、ただ物でも見るような冷たい顔で、自分を見下ろす隊員Dの顔があった。
剣狼魔女「ひ――!?」
剣狼魔女はそれに恐怖を感じた――。
今までも、強くしかし可憐な容姿の剣狼魔女に、下衆な願望を抱いてきた輩は両手に余るほどいた。そしてそんな輩をことごとく蹴散らしてきた。
しかし、今の相手から向けられているのは、ただ淡々と剣狼魔女を排除しようとする意志。自身の強さが常識が通じない、まったく不可解な相手からの冷たい破壊の意志。
そして剣狼魔女は見た。隊員Dの瞳の奥に宿る、静かな、しかし巨大な怒りを。
先程までの剣狼魔女達の怒りを纏っていたえを獰猛な獣と例えるなら、隊員Dは、悲しみと憎悪と破壊に満ちた暴走特急だ。半端な脅しや、見せかけの恐怖などでは動かせない、獣たちがいくら牙を剥こうとも傷一つ付けることのできない、強大な鋼鉄と発動の怒り。
それらが、彼女が実に数百年ぶりの恐怖を、それも今まで感じた事の無い初めての種類の恐怖を覚えさせた。
剣狼魔女「――!」
そんな恐怖の存在である隊員Dの手に、何かが握られている事に剣狼魔女は気づく。
それは自らが生成し、周囲にばら撒いた鉱石針だ。
剣狼魔女「う、嘘れしょ……やめなはい、ひょんなこほひて、たらひゃおからいはよ……ッ!」
その意図を察した剣狼魔女は、碌に喋ることもできない状態にも関わらず、必死に拒絶の言葉を捲し立てる。
剣狼魔女「やめなひゃい……やめ、やめへ――」
ついにその言葉は命令から懇願に代わる。しかし――
剣狼魔女「ヒギュィッ!?」
剣狼魔女の尻穴に、鋭利な鉱石柱が深々と突き立てられた。
剣狼魔女「あ……あ……」
次の瞬間、剣狼魔女の股間から小便が漏れ出した。股間を濡らし、内腿を伝って地面を汚す。
隊員D「汚いな」
隊員Dは冷めた目で一言吐き捨てる。本当にゴミを見たときのような一言。
連ねられた罵倒文句ではなく、冷静で端的な一言に、剣狼魔女の尊厳はかえって踏みにじられ、彼女はその顔を真っ赤に染める。
剣狼魔女「あぅ、あぅぅ……」
そして、まるで下僕の頼りない少年と同じような、惨めな呻き声を漏らし始めた。
剣狼魔女「……あぐッ……!」
隊員Dは剣狼魔女の後頭部を再び踏みつける。
少し載せる程度の軽い踏みつけだったが、剣狼魔女の頭は抵抗の片鱗も無く、容易に地面の水溜まりにビシャリと沈んだ。ぬかるんだ土に、剣狼魔女自身の嘔吐物、そして今しがた漏れ広がった小便が混じりあった汚水の水溜まりに。
剣狼魔女「あ……あ……、あは、あひゃははははは……」
汚水溢れる地面に沈んだ剣狼魔女の口から、力ない笑い声が零れ出す。
剣狼魔女の精神は限界を迎え、崩壊した。
これまで絶対の勝利を重ねて来た、逆を言えば敗北を経験することの無かった、加護の中の鳥も同然であった剣狼魔女。
彼女のその心は徹底的な敗北と、それに伴うこの仕打ちの前には、あまりに脆過ぎた。
隊員D「………」
憎き仇敵が精神崩壊を迎える様を、隊員Dは何の感動も無く、興が冷めたとでも言うような、ただ冷たい目で見下ろしていた。
剣狼魔女「はひゃは……ぁ……――ぎぇッ!?」
そして隊員Dは自棄の笑い声を上げている剣狼魔女の顔を、脚で踏みつけ直し、汚物と混じった水溜まりにその顔面を沈めた。
剣狼魔女「ぶぇッ……ぼぉ……!ぼぼッ……!」
溶けた土と汚物の混ざりあった水溜まりに顔を沈められ、苦しみ藻掻く剣狼魔女。
剣狼魔女「もぼぉ……ひぶ、はびゅけ(剣狼少年、助け)――ぶぉ……!」
使役獣の少年に助けを求めようとするが、その言葉すら最後までは続かない。
最初こそ激しく見せていた抵抗の動きは、目に見えて弱くなっていく。
剣狼魔女「……ぉぼ……ぉ……」
そしてピクリピクリと断続的な動きを見せたかと思うと、それを最後に、尻を突き上げた姿勢のまま硬直し、動かなくなった。
700年もの時を生き、あらゆる知見に長け、技を自らの物とし、人々から時に敬愛を、時に畏怖の念を向けられてきた魔女。
そんな彼女の最期はあっけなく、そして嘔吐物と排泄物に塗れた畜生にも劣る物だった。
剣魔F「ふぼぉ……――もぎょッ!?」
隊員Dは最早作業も同然の動きで、隣でモゴモゴと力なく藻掻いていた剣魔Fの頭を強く踏み、首の骨をへし折った。
先に死体となった剣狼魔女、すでに死体となっていた剣狼暴女に剣魔Fが加わり、
こうして三人の女は隊員Dの腰の下で、土下座のように縮こまり尻を突き出した姿勢で、仲良く死体となって並んだ。
それまで消えていた厚く黒い雨雲が再び現れ、淡い光を降ろしていたこの世界の月を覆い隠す。まるで剣狼魔女達の活躍の許される時間が、終わった事を示すように。彼女達が敗北した事実を示すように。
そして勝者である隊員Dのその心内を代弁するかのように、曇天へと戻った夜空は雨雫を零し始める。
隊員D「殺したぞ誉――。終わったぞ鈴暮――」
隊員Dは、先に逝った友人の名を冷たい口調のまま静かに呼ぶ。そして隊員Dは、少しの沈黙の後に咆哮の口火を切った。
奇声がごとき声で、もはや暴力、天災という域で、曇天の夜空に向けて咆哮を上げた。